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臨死体験からまなぶこと

三月、ある男性が突然、心臓の発作で倒れました。一時は心肺停止に陥るほど危険な状態となり、大学病院の高度救命救急センターに運ばれました。ECMOやインペラなど、あらゆる医療機器につながれ、医師からは「今生きていること自体が奇跡」とまで言われるほどの重篤な状態でした。その後、さらに高度な治療のために転院しましたが、しばらく意識は戻りませんでした。

そして、倒れてからおよそ二週間後。
ようやく目を覚ましたその方は、不思議な体験を語りました。
自分は川のほとりのような場所にいた。
目の前には大きな池とも湖ともつかない、広い水面が広がっていた。そこには蓮の葉がいくつも浮かび、人々はその葉に乗ろうとしていた。乗れる人もあれば、乗れずに沈んでいく人もいた。
自分の前に一枚の蓮の葉がやって来たので、幸いと思いその葉っぱへ乗ると、葉はひとりでに湖の奥へ進んでいった。その先には、金色に輝く、非常に大きなお釈迦さまが見えた。
座っているのに圧倒されるほど大きく、この世の遠近感では説明できないようなものだった。お釈迦さまは自分を見て、手招きをされる。
手招きをされたかと思えば、それと同時に葉っぱはスーッとお釈迦さまの前まで進んでいった。
けれど、その途中、周りでは多くの人が水の中へ落ちていき、その叫び声が何よりも恐ろしかった。
やがてお釈迦さまの前に至ったとき、いくつものことを尋ねられた。その細かな内容は覚えていないが、ただ一つ、はっきり覚えている問いがあった。
「あなたが人生でいちばん大切にしているものは何ですか」と尋ねられ、自分は、
「人に喜んでもらうことを、することです」と答えた。
すると、お釈迦さまは、
「そうですか…そうですか…」と
しばらく静かに考えられ、
「あなたは、まだこちらではありません。あちらへ行きなさい」と告げられた。
そして蓮の葉はまた岸の方へと戻っていく。
葉っぱと共に岸へたどり着いたので、降り立った瞬間、自分は目を覚ました。
病院のベッドで目を覚ました彼は、意識も虚ろのなか、すぐにこの話を語り、また状態を取り戻した後にも同じ話をしてみせた。

この話を聞いて、私はいくつものことを考えさせられました。まず一つは、人は生死の境に立ったとき、地位や財産や名誉を問われるのではない、ということです。
何を持っているかではない。何を成し遂げたかだけでもない。
「あなたは何を大切にして生きてきたのか」と問われるのです。
仏教では、日々の行いがそのままその人を形づくると説きます。
またその生き様というのが、その人間の人相にも現れますし、人生の最後をも形づくり、また示していきます。心に何を願い、人へどのように接し、どのような言葉を使い、どのような思いで生きているのか。
心の思いは誰にも見えていないようでいて、実は自分自身のすべてにわたり、よく映し出しているものです。
心は消えない。良くも悪くも心の種は花を咲かせ、また種を残し、似たようなサイクルで繰り返すものです。思いやりは思いやりの種となり、善い行いは善い実となる。
祈りや願いは、その人の深きいのち(アラヤ識)に刻まれていく。小さな思いもやがて広がり大きな川となる。

次に、彼がお釈迦さまの前で答えた、
「人に喜んでもらうことをして生きたい」という意味の言葉。これは立派な教義を覚えているとか、難しい理屈を説明したのでもありません。誰でも言える簡単な一言です。
しかし、嘘も偽りも無い、お釈迦さまの前でとっさに出た言葉です。
彼の内側にある心の誠、真理が口から出たのです。
妄語、綺語、悪口から離れています。正直に生きられる人間の道は幸いです。

私たちもまた、いつか必ず「こちら」から「あちら」へ向かう時を迎えます。その時に問われるものは、おそらく同じものでしょう。
あなたは何を大切にして生きてきたのか。誰のために心を使ってきたのか。
何によって、また己のどのような念が、自分の人生を支えてきたのか。
その問いに対して、日々の暮らしの中で答えていくのが、仏道の入口であると思います。

何も大きなことをしなければならないのではありません。自分が過去世から持ち越した課題に気付き、家族や周囲へやさしくすること。人の悲しみに耳を傾けること。
見返りを求めず、小さな親切を重ねること。誰かが少しでも安らぐように願うこと。
そういう日常の積み重ねが、人間のいちばん深いところを変容させていきます。

この体験を、ただ不思議な話として聞くこともできるでしょう。
けれど、それだけで終わらせてはもったいない。私たちは、この話を通して、自分自身に問い返したいものです。
「自分は、今いちばん何を大切にして生きているのか」
これは急ごしらえに作られるもの、見つけられるものではありません。
今日の心が、明日の自分をつくります。
今日の行いが、やがて人生の全体を語ります。
だからこそ今、仏さまの前で恥ずかしくない生き方を、少しずつでも重ねていきたいものです。
今日からはじめましょう。

令和8年4月21日

毎週日曜 朝6時「勤行・お茶」。 第二は福山霊苑。
23日(木)「弁才天 護摩」20時~

5月
3日(日)「滝修行」朝5時出発 6時現地
「水子供養/地蔵護摩」10時~
9日(土)「仁王経法要」於、京都 心華寺
21日(木)「大師御縁日 護摩」10時、20時
27日(水)「三宝荒神供」20時
31日(日)「ご来迎を拝する石鎚 瓶ヶ森修行」
https://kougenji.or.jp/2026/04/05/kamegamori/

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