乱と聞くとまず何を思い浮かべるでしょう。
私がまず思い浮かべるのは承久の乱。承久三年(1221)の後鳥羽上皇と鎌倉幕府の北条。
ちょうど大河ドラマが始まった所ですが、あの頃の『吾妻鏡』『明月記』『方丈記』という日記もおもしろい。ちなみに京都の方に「先の戦」というと応仁の乱(1467~)と答えられるそうです。
さて備後弁で言うところの「らん」と言えば、
「最近、何しょうるん。」「遊びには行きょーらんのん?」「あの人には会ようらんのん?」「え?それ知らんのん?」といったように使用される言葉ではないでしょうか。
そもそも備後弁はある論によればラテン語以外の稀に見る現在進行形の言語であると言われます。つまり英語でいうところのingの語法になるそうです。
その他、「らん」の付く言葉では、
「分からん」「見よーらん」「寝とらん」などで、
これらが意味する所は「していない」という、否定形として上の言葉に付加されるものです。
今月が何の話きゃあ言うと、お経のなかに、
「深く三宝に帰依したてまつらん。」
「とこしなえに変わることなからん。」
「十善のみおしえを守りたてまつらん。」と先に言(ゆ)うて、その後に不殺生・不偸盗とかのしたらいけんことを守りましょういう言葉を言(よ)ーるのに、
なぜその前に「らん」と言(ゆ)うて「しません」というような反対のこと言(ゆ)うんじゃろうか。
…と70代になる方から訊ねられたという話です。
何故このような混乱が起きるのか、
結論から申しますと、備後弁では「らん」と付く言葉は概ね否定言葉として使われるので、意味の誤解を招いていたのでしょう。備後弁の不思議な他の用法としては、
「この大根は山田さんにくれたんよ」はどうでしょう。
早速この会話文を直してみましょう。
「この大根は山田さんからいただいたものです」となります。
正直、完全な備後弁で育った者は都会に出るや、また論文を書くなどは地獄を見ます。
テニヲハの常識が違うので一体何が正解なのか混乱してくるのです。相手は何をこちらに伝えたいのか…正直、同郷者でも相手が何を言っているのか混乱する例もしばしば見られ、一周回ってその頓珍漢なやりとりは、もうおもしろい光景としか言いようがありません。
話は少し逸れますが、漢字の周囲に点を打ち、その読み方を示すヲコト点というものも面白いですから、興味のある方は調べてみてください。
一文字の変化で全く意味の変わる日本語はそれだけ表現の幅も広いものとなるから詩や歌にしてもまた味わい深いのです。ただこれが伝わらないとなると問題です。
そもそもこの「らん」というのは、古語「らむ」の変化です。動詞「あり」の未然形「あら」に、推量の助動詞「む」の付いた「あらむ」の音変化とも言います。また活用語の終止形、ラ変型活用語の連体形に付くものです。私は確か学校で、「き、けり、つ、ぬ、たり、り、む、むず、らむ、けむ、べし、らし、まし、めり」「未然・連用・終止・連体・已然・命令」…と覚えたように思います、、。
ともあれ、答え合わせをしますと、
この「奉らん」という言葉になりますと、これは謙譲語になります。自分に判断されるべきものがある状況の中にあって自身をへりくだらせて相手に敬意を表す言葉です。この言葉は、仏さま(お釈迦様)に対して述べている状況で宣言する言葉です。単純に「帰依いたします、お守りいたします」と言っているものと理解ください。
次に、「なからん」というのは反語です。すなわち、「どうして変わることがあるでしょうか、変わるはずがありません」と、三竟の「竟=おわりました」という誓いを断定し強調させる、反語を使った表現になっています。
言葉はとても難しい。そして言葉ひとつで認識のすべてが変わる。日常の言葉の在り方、使い方ひとつで、あなたの生きる世界が一変するのです。
お大師さまは仏の言葉の世界からこの世をご覧になられ、真実の法を実践され、常人には分からない神秘の世界を体験されました。それが諸仏の真実言の世界です。
そこへすぐには行けずとも、まずは日常生活の言葉をきれいに、丁寧に、十善戒を守って美しく過ごしていただきたいと思います。
毒草の言葉を取らず、薬草の葉をひろって参りましょう。
令和四年一月二十一日
《ご修行案内》
※急な予定の変更などは、ライン(LINE)やホームページにてお知らせします。
2月3日(木)「節分祭」20時~ ※予定
・星祭り(星供用)の申込はお早めに!
感染拡大に付き、お福投げは中止の予定です。
星の吉凶・厄年の早見表をお寺に掲示しています。
6日(日)「水子供養・地蔵護摩」 10時
21日(金)「お大師さま御縁日。お護摩。」
①10時 ②20時 どちらかにお詣りください
写経奉納。祈願護摩木。先祖供養塔婆。
27日(日) 府中 十輪院「柴燈護摩・火渡り」
28日(月)「三宝荒神供」20時