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時間も自分のものではない  つれずれに・・・

 つれづれとあるほどに 彼岸に入りぬれば
 なほあるよりは 精進せむとて…
 山寺に籠りなむに、さてもありぬべくば…

彼岸という語はお経典由来。般若心経でも冒頭に「波羅蜜多」とありますが、これはサンスクリット語のPāramitā(パーラミター)を漢字の音を借り当てたもの(音写)。漢文で示せば「到彼岸」となります(漢訳)。
つまり「彼の岸に到る」というのは、何かしらの川海を渡って あちらの岸(彼岸)に渡ることを言ってます。

ただ私たちの目の前にあるのは、
執着 渇愛 煩悩 怠惰 愛欲 闘争 対立 葛藤 嫉妬 怨恨 憎悪 確執 欺瞞 名利 競争 支配 抑圧 分断 混乱 欲望 貪着 執念 未練
迷い とまどい うろたえ おののき おびえ うたがい とらわれ しばられ むなしく むさぼり さみしく うれい くるしみ いたみ こいねがう かなしみ なげき あせり いらだち あがき もだえ こころぼそく ためらい やるせず やりきれず うつろい ゆらめき ゆらぎ やみくもに かげり よどみ にごり こじれ もつれ わだかまり もどかしく くもり しこり ねたみ ひがみ にくみ うらみ すれちがい  そねみ いかり おごり つのり あらそい こわばり つまずき さまよう

この世に喜びもあるけれど、これが我々の生きる「この岸(此岸)」。今のあなたはどの言葉に心奪われ、覆われているでしょうか。
水が欲しい、苦しい。この苦しみを早く、すぐにうるおしたい。喉の渇きを経験したことがある人は分かる苦しみ。
日常でもこの水は「執着・愛着・見栄・欲望」の渇きとなって現れてきます。水は生命の危機となりますが、あなたの感じる水、喉の渇きはただの執着心かもしれません。その渇きは更にあなたを苦しめるものかもしれません。本当は求めるものでなく、手放すべきものやもしれません。こんな川、海があったら一刻も早く逃れたいものです。はるか昔に生きた人々、ご先祖さまも、人生の苦しみをどうしたらよいのかとお寺に足を運び、あるいはお経・真言・念仏を唱え、あるいは出家したものです。

さて、つれづれなるままに…、と言えば 吉田兼好こと兼好法師が鎌倉時代(1330年頃)に著した『徒然草』が有名ですが、
冒頭の言葉は日本最初の女流日記である『蜻蛉日記』。平安時代中期の歌人・藤原道綱の母であり、摂政・藤原兼家の妻となる人が書いたものです。当時の貴族社会では女性の名前は対外的に明かされなかったため、作者の名前は分かりません。天暦八年から天延二年(954~974)、夫婦生活、苦悩や孤独を綴った、実在の女性による最古の自伝的日記文学。

何となくもの思いにふけって過ごしているうちに
彼岸になったので、
ただこうしているよりは 精進にあろうかと思い…
山の寺にこもってみよう、
もしそのまま寺で暮らしていけるなら…

現代語訳をすればこんな感じです。
日記を部分的に抜き出しているのですが、どうも相当に思い詰めた様子がうかがえます。またこれが彼岸に対する当時の概念が伺える日本古記録の初見でもあります。彼岸はこの苦しみが溢れる世界から、仏のさとりの境地(波羅蜜多)へ向かうにかなう時節であると。私たちはお彼岸になると、ご先祖さまと、 そして自分が世俗の渇愛から離れ、仏さまの”こころもち”になりましょうとする日です。先祖さまを供養すると共に、自分のなかにある “うれい”  “苦しみ”を除ける。そんな彼岸になると良いものです。
これからも、皆さま山寺、弘元寺へ足をお運びください。

令和八年三月二十日 春彼岸
毎週日曜 朝6時「勤行・お茶」。 第二は福山霊苑。
21日(土)「大師御縁日 護摩」10時、20時
5日(日)「水子供養/地蔵護摩」10時~ 護摩の後、
お花見をしますので、お弁当をご持参ください
19日(日)「大黒天 浴餅供・一時千座法」23時
21日(火)「大師御縁日 護摩」10時、20時

5月31日(日)「ご来迎を拝する瓶ヶ森修行」

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