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前後際断

「 前後際断(ぜんごさいだん) 」

大きな失敗をして、生きた心地がしない。そんな時に前後際断という言葉に遇い、私はこれを支えにして幾度も苦しい場面を乗り越えて来ました。と還暦を過ぎた経営者が人生の座右の銘を教えてくださいました。
これは仏典由来の言葉。皆さんは人、場所、言葉、時間、物、存在、祈り…。
何によって…、何に支えられ、何に出会い…、今日まで生き(息)てこられましたか?感謝、苦難、よろこび、努力、協力。親、先祖、友人…、いろんな事があるでしょう。

前後際断を文字通りに読めば、「前後の際を断ず」。
つまり、過去と未来を見るな! いまこの瞬間にだけ真実があるんだ! いま一瞬一瞬を大事に生きるのだ! 過去の失敗や、未来への不安をいたずらに妄想するのではない! いまこの時に自分の出来ることを徹底してやりきりなさい!など、この真理によって沢山の励ましをいただく者も多いことでしょう。
そして実は、正しく仏教の門に入り学べば、この言葉も、
ただ身心の静寂な境地を経験して、ただ前後の際断するという行為をすること、その一瞬に生きよという意味の教訓ではなく、
“一瞬の中に無限の時間と関係性があることを体得するもの” へと一転します。

これは二元論の思考の中で 良い悪い、好き嫌いを言っているような内には得られないものです。 恐怖心を手放し、傲慢さを誡め、自分と他者を傷付ける行為をやめて、初めて得られる “ゆとり”のようなものです。

ふと、既に亡くなられましたが、兵庫のお坊さまの言葉を思い出します。
「お茶も飲まないやつが人生を豊かに生きられるものか。
(人の一日のいとなみの中で、お茶をゆったりと準備し、嗜むだけの時間・余裕を持てないような齷齪した者がどうして命(時間)という豊かさや心地を得られるだろうか。)お茶もよう飲まないやつは人生は薄っぺら。」
「質素と貧相は違う。ケチな考え、貧乏な行動をするのが貧相で、質素には華やかさがある。また金があっても貧相な者も多い。華やかな生き方、身を飾ることの本質を取り違えてはならない。」

私は「間(あわい)とは何か」を環境日本学という学問においてここ数年考えてきましたが、世界からみれば優柔不断にも見られるが、実は日本人の柔軟で創造的な第三点(領域)の感性は、私たちの生命や生活の”いとなみ”の中にある”ゆとり”が鍵になっていて、つまり習慣化、構造化されたものを容易く失わないことが重要に思うのです。
例えば床の間・神棚・佛壇といった精神性を取り込んだ家の構造・建築様式。寺社、祠、お墓。茶道や華道の神髄、頭を下げる礼(お辞儀)、自ずから引いて相手を待つ・受け入れること、諸文化、失ってはならないものが他にも無いか。それぞれに考えて欲しいと思います。財や学歴、地位名誉があっても、また無くとも貧相とはならなぬように…。
令和八年二月二十一日

毎週日曜 朝6時「勤行・お茶」。 第二は福山霊苑。
22日(日)「府中市 十輪院 柴燈護摩」13時~
24日(火) 「弁才天護摩」20時~

3月1日(日)「水子供養/地蔵護摩」10時~
3日(火)「毘沙門天」朝6時~
20日(春分)「合同供養祭」10時~10時30分頃まで
弘元寺にて法要を行い、福山霊苑へ移動します
21日(土)「大師御縁日 護摩」10時、20時

○先日、お寺では瑜祇灌頂が行われました。
皆さんが受けたマンダラの世界に入る結縁潅頂とは違うものです。
少しだけお勉強してみましょう。

『大日経』「秘密曼荼羅品」、五種の三昧耶とは、
① マンダラを見ること 《結縁のみ。手に結ぶ印や真言は授けない》
② 菩提心を発し、マンダラに入ること 《結縁灌頂。印と真言を教えるもの》
③ マンダラと密印を修習すること 《受明灌頂。伝教許可は授けないもの》
④ マンダラを描き、儀軌を教えること 《伝法灌頂にあたる》
⑤ 秘密灌頂を授けること 《以心灌頂・瑜祇灌頂と呼ばれるもの》
を説く。
この5段階がそのまま三昧耶の深まりとなります。
弘元寺の檀家さん向けお経本にもオンサンマヤ~の意味を少し説明していますね。
私と仏と衆生の身心は平等だと…。

まずは縁を結び、心を目覚めさせましょう。

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