法話

来月は柴燈護摩です

柴灯護摩もいよいよ来月です。柴灯(しばび)と書いて、山の中にて行う護摩。
真言宗では聖宝・理源大師(しょうぼう・りげんだいし。832~909)が宇多天皇の御宇(ぎょう。その天皇の治める御代)、勅命により金峯山に入り、柴薪を集めて護摩を焚いたことに始まると伝えます。
 毒蛇が山の修行者たちを悩ませていた折、理源大師は「不動明王」の三昧に入り毒蛇を退治する。そして護摩を修して結界をした。この護摩は天下泰平・国家安穏の為に脈々と修行されてきました。弘元寺においては各地より行者が参集してこれを修行し、みなさまの、各ご家庭の、安穏をお祈りします。
 弘元寺においてはこの柴灯護摩は本堂落慶の翌年、平成16(2004)年より始まりました。
真剣に祈る姿に自然と涙が流れると言われます。祈りの力は粘土に手を押しつければその手形がずっと残るように、かならず何かの力になるものです。
 よく祈られた方の孫世代の方がひょこっと何の縁を得てか、弘元寺を探し当てられて相談に参られる姿を近年よく見受けます。
「親の祈り、祖父母の神仏に向かう祈りが子孫を導く」とはこのことかと思わされます。親の為、子の為、自分の為とまことに祈ることは自然と、世の中のためにもなっているよう思います。むしろそうでなくてはならないでしょう。地球、大地が無事にあるから今日も生きていられる。太陽がある。宇宙がある。親先祖がある・・・。
ただなんとなく感謝するのではなく、実にそれがあるから、私があること。つながり、縁起を真に自覚してみましょう。自分で感じとり、知ること、目覚めることを即ち「さとり」と言います。 
 このようなことは坐禅して、確かに観察することが重要です。しかし常にふらふらする感情に支配された私たちにはそれが叶わない。だから心を静める坐禅、瞑想が大切になってくる。または意識を集中して、真言陀羅尼を唱えること。呼吸法、姿勢を作ることはその基礎になります。 学びたい方はカエルの会に参加ください。

《 お祈り・行事案内》
24日 地蔵 護摩 19時 感謝の護摩 ※時間変更
30日 三宝荒神 20時  家内安全・無事
10月1日 滝修行 5時半出発  
    水子地蔵 10時 水子・諸霊供養・護摩
    坐禅瞑想 13時 カエルの会
3日 毘沙門天 20時 願望成就・智恵・繁栄
    大黒天  23時 甲子の日の子刻参り
9日 弁才天 護摩 20時 願望成就・良縁
21日 大師縁日の護摩 20時 写経奉納・月参り日

☆28日 大祈祷会 19時 御加持を受けられます。
☆29日 柴灯護摩(入仏記念法要) 10時より 

○念誦修行のお願い
柴灯護摩に向けて、皆さまと(住職祈念の本尊)愛染明王さまの御真言をお唱えしたいと思います。

一、まず何の為に祈るのかを言葉にします。
「弘元寺 柴灯護摩、 諸願成就の為に」

一、愛染明王(あいぜんみょうおう)の御真言を唱える
「オン マカ ラギャ バゾロ シュニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク」
…集中してお唱えするのが望ましいですが、家事、洗濯、車の中でも布団の中でもお唱え下さい。
…日常のお仏壇のお祈りの時などは、「願以此功徳」の廻向の前などにこの方法でお唱えください。

一、数をメモしておき、弘元寺の本堂正面にノートがありますので、お唱えした真言の数を記入下さい。

・期間は 9/28 ~ 10/28(大祈祷会)迄です。
・10月29日(日)柴灯護摩において皆で何遍お唱えをしたのか、「願文(がんもん)」と呼ばれるものの中で神仏にご報告致します。 お数珠の使い方や質問は泰教や行者さんにお尋ね下さい。
・百遍、千遍、一万遍とよろしくお願い致します。

「弘元寺の歴史 ~宥善(大先生)~ 」
 ホームページに弘元寺の歴史が書いてありますが、今月はその一端を紹介致します。現住職正和の実父であり前住職になります宥善は今年で齢97歳となりました。
弘元寺を開山した父、初代宥榮の意思を継ぎ、15歳にして愛媛県は石鎚山麓にあります極楽寺に入山。宥榮の師である弘元房宥心に従い出家しました。宥心は弘元寺という寺名の元になる方です。
宥善の修行は1度に1080回、五体投地の礼拝を日に3度。重ねて経や真言を唱えました。育ち盛りの年齢でありましたが食事は勿論精進です。時代も重なり質素のようでした。立って座って身を投じる修行で膝は血が溜まり、人生の勲章のように跡が残ります。若くないと出来んかったと思う、という言葉が象徴するように同じことを毎日、半年以上も続けたそうです。そしてやっと次第に弘法大師より伝わる真言宗の僧侶の修行法を筆と墨をもって書写しては修行をし、護摩を焚いたそうです。
弘元寺開山よりの教えであります「人のお役に立つ」「誰もが救われる」「貧富の差なく誰でも参詣できる」の寺訓を継承し、宥善は厳しい言葉の多い人でしたが、それも師より学んだ教え、十死一生の戦争での体験が根底にあるように感じます。

  日切大師弘元寺 平成廿九年九月廿一日

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